2017年7月30日日曜日

徳川家康陣地跡

 秀吉が小田原を攻めたときの徳川家康の陣地跡の碑が、小田原大橋交番前交差点の近くにある。

道標にも葵の御紋が描かれている

石碑の内容は摩耗していて殆ど読み取れないが、解説の案内板で意味を知る

この記念碑は、天正18年(1590)の小田原戦役の際、徳川家康が陣を張った跡に建設されたものです。
碑文は、小田原城主大久保忠真(ただざね)の作で、藩士岡田左太夫光雄に書かせ天保7年(1836)9月17日建立しました。
徳川家康は、この戦役に豊臣方の先鋒として、約3万人の兵を率いて出陣し、兵を三方に分けて箱根を越えました。三島から宮城野を経て、明神岳を越え、久野諏訪原に出た軍と、鷹ノ巣城(箱根町)を陥れて湯坂越えした軍、そして足柄城(南足柄市)、新荘城(山北町)を陥れ、足柄越えした別の軍が合流し、小田原城の東方、今井(寿町4丁目)に布陣しました。

陣所は、当時、今井に住んでいた柳川和泉守泰久の宅地で、ここを本陣とし、北条氏が降伏して開城するまでの、およそ110日間滞留していたといわれます。陣地跡には、今も曲輪の土塁の一部が残っています。

なおこの碑の形状等は、次の通りです
一.碑の総高    335センチ
一.碑石の高さ   222センチ
一.碑の幅・厚さ  幅130センチ・厚さ288センチ
                小田原市教育委員会


隣にある神社は家康ゆかりなので東照宮ということになるのだろう


格子から中を覗くと・・・あの小さな人形は家康か?


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