2017年7月24日月曜日

北条早雲像

 小田原駅西口(新幹線口・地元では裏駅とも呼ぶ)前のローターリーに早雲像はある。関東を支配した後北条の系譜を「北条五代」と呼ぶが、北条を名乗るようになったのは2代氏綱からなので、北条早雲という呼び名は正確には存在しない。伊勢新九郎盛時と呼ぶべきなのだろうが、5代に渡って関東を支配してきたことに敬意を払って「北条五代」と表現するので、北条早雲で良いとしようじゃないか。
 大森氏から小田原城を奪った際、千頭の牛の角に松明を灯した早雲の兵が小田原城へ迫り、予め勢子に扮して背後の箱根山に伏せていた兵たちが鬨の声を上げて火を放ったため、数万の兵が攻め寄せてきたとおびえた小田原城内は大混乱になり、早雲は易々と小田原城を手に入れたという。早雲像の周りにも角に松明をつけた牛が何頭か描かれている。


1990年に小田原市の市制50周年を記念して北条早雲像を建てた



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