2016年11月5日土曜日

北條氏政・氏照の墓

 北條氏の墓は、箱根湯本にある早雲寺に五代まとめてあるものだと思っていたが、小田原の駅前の繁華街から少し裏道に入ったところに氏政・氏照の墓があった。高校時代から小田原は歩きまわった土地なのに知らなかったのは、恥ずかしい限りだ。氏康の長男氏政は家督を相続して四代当主の小田原城主となり、二男氏照は相模の国のかなめ八王子城主となった。秀吉の小田原攻めののち、兄弟はこの地で切腹を命じられた。
 この縁もあり、5月のGWに行われる「北條五代祭り」では、氏照隊を姉妹都市である八王子の方々が演じている。今でも墓前には花・線香が絶えない。







2016年11月4日金曜日

おだわらハロウィン in 竹の花 2016

 10月29日(土)「おだわらハロウィン in 竹の花 2016」の 仮装パレードを見てきた。今年で12回目だそうだが、一度も見たことがないのでどんなものかと出かけた。自分の子どもたちが小さい時にはなかった行事で、いい意味でも悪い意味でも年々注目度が増してきて、ニュースでも取り上げられるようになってきていることは確かだ。
 1992年10月17日、アメリカのルイジアナ州でハロウィンの仮装をした16歳の日本人留学生が射殺される事件があったことを思い出す。あの時「Freeze」という単語が多くの人に認知された。

















2016年11月3日木曜日

小田原市荻窪 市方神社

 市方神社(いちかたじんじゃ)は、荻窪用水の「めだかの学校」を探しているときに偶然立ち寄った神社。小さいながらも石碑が多く、とても趣のある神社だ。ご祭神は大山祇命( おおやまつみのみこと)。江戸時代末期に編纂された「新編相模国風土記稿」にも、「市方権現社」として載っている由緒ある神社だそうだ。















2016年11月2日水曜日

赤い鳥小鳥 白秋歌碑

赤い鳥 小鳥  なぜなぜ赤い  赤い実を食べた

白い鳥 小鳥  なぜなぜ白い  白い実を食べた

青い鳥 小鳥  なぜなぜ青い  青い実を食べた


 北原白秋の作詞として有名なこの童謡は、小田原で生まれた。白秋は大正7年3月から大正15年5月まで8年2ヶ月にわたり小田原に居住し、多くの作品を創作した。
「赤い鳥小鳥」の歌碑は、神奈川県小田原市城山の伝肇寺(でんじょうじ)というお寺の境内にある。白秋はこの寺の境内の一角に草葺の小屋(その姿から白秋はこれを「みみづくの家」と呼んだ)や方丈風の書斎を造った。
 現在、「木菟の家」の跡には、お寺が運営する「みみづく幼稚園」がある。歌碑は幼稚園の前にある大黒天の脇にある。

山門は閉まっている

通称みみづく寺

寺が運営しているみみづく幼稚園の入り口

本堂のようだが閉ざされている

お決まりの六地蔵



寺とみみづくの家の由来

 大黒天のすぐ脇に歌碑がある

これが歌碑だが、読みにくい

小田原文学館内 白秋童謡館脇にも歌碑があり、こちらは読みやすくなっている

2016年11月1日火曜日

めだかの学校

 メダカの学校は 川のなか そっと覗いて みてごらん
そっと覗いて みてごらん みんなで おゆうぎ しているよ

 メダカの学校の メダカたち だれが生徒か 先生か
だれが生徒か 先生か みんなで げんきに あそんでる

 メダカの学校は うれしそう みずに ながれて つーいつい
みずに ながれて つーいつい みんなが そろって つーいつい

有名な「めだかの学校」は、作詞 茶木 滋、 作曲 中田 喜直 の童謡である。茶木 滋が荻窪用水近くを息子と歩いていた時のエピソードをもとに作られたとされる。昭和63年、荻窪用水周辺に「めだかの学校」の歌碑が建てられたという。



童謡「めだかの学校」のふるさとの碑

1番の歌詞の碑

2番の歌詞の碑

3番の歌詞の碑