10月26日のナコンパノムの日の出は、ネットで調べたところ 05:57 となっていた。25日夕の様子から考えると、綺麗な朝日がみられるような雰囲気がある。問題は天候よりも、ここ2日の心労から朝起きられない方が確率高いなあなどと考えながら眠りについた。
窓の明るさに時計を見たら、まぎれもなく朝だ。やっぱり若干の寝坊をした。メコン川河畔まで5分、日が昇る瞬間は見られなかったが、それなりに綺麗な朝日に満足した。
数年前に職場を早期退職したが、二人の息子たちも社会人になり、それぞれ素晴らしい女性と結婚をした。これで父親の役目は一段落というところだ。還暦は過ぎたが、まだまだ気持ちは若く,これからが第二の人生と意気込んでいる。家庭菜園を借りて野菜を作り,気が向けば酒匂川のサイクリングコースで風を切り,秋には毎週ボート釣り。そんな日本での日々を備忘録代わりに綴ってみる。 年に3回の訪タイも年々長期となり,近年はついに延べタイ在日数50日を上回るようになった。Facebook を通じてできたタイの友達と釣りに行ったり,飲みに行ったりという日々を夢見て楽しみにしている。ハンドルネームの「佐羽井 出居」はタイ語の สบายดี サバイディー 【元気です】という意味の言葉より引用した。元気がほしくなったら立ち寄ってみてほしい。
2019年1月20日日曜日
2019年1月18日金曜日
ナーガ像(Phraya Na Jet Sian)
ナーガ像(Phraya Na Jet Sian)は、
メコン川畔を南北に走る通りの中ほどにある。4年前に訪れたときはなかったが、今では立派な祈りの場となっている。目立つ場所だけに祈りをささげる人も多い。
2017年4月6日木曜日
メコンの日の出
国境という言葉はあっても、日本国内にいると国境を目にすることがないので、国境の町を訪れると旅の達成感がある。チェンセーンの街はメコンを国境線として対岸はラオスという国境の街だ。
タイは基本的には厚い国なので、メコン河畔で夕涼みする習慣があるようだ
ただし、この日の夕方はすでに涼しかったが・・・
2月8日朝、メコンの対岸ラオスに昇る朝日を観に行った。対岸は霞んでいるようにも見える。7時を過ぎても朝日は出ない。
諦めて帰ろうとしたときに、空が赤く染まった
そして目の前に朝日がゆっくりと昇ってきた
綺麗だ、いいものを見せてもらった
手を合わせこれからの旅の安全を祈る
帰りがけにチェンライへのVANの場所と時間をチェックする
2016年10月15日土曜日
チェンライの市場
またしばらくは、夏のタイ旅行の話に戻る。タイの街には住民が買い物をする市場がある。朝市だったり、夕市だったり、暑い国なのでナイトマーケットだったり・・・チェンライも例外ではなく、時計塔の北側200mも行ったところに常設の市場がある。野菜・果物・肉・魚・調味料・衣料品・・・何でもそろう。市場の建物の外の道路にも、ビニールシートを敷いて商品を並べている露店が無数にある。この中に迷い込んで、当てもなく見て歩くのも楽しいものだ。
2016年9月26日月曜日
Wat Chedi Luang(Chiang Saen)
一日観光の最後はメコン川沿いの国境の街チェンセーン(Chiang Saen)。時間もすでに午後6時近く、Wat Chedi Luang 1ヶ所だけ見学。もとはチェンセーン王国の都だけに、街のあちこちに遺跡がありそう。夕方メコン川の岸辺に出る屋台にも心そそられるものがある。ここはいつかゆっくりと訪れよう。
最後にツアー参加者全員で記念撮影
最後にツアー参加者全員で記念撮影
2016年9月25日日曜日
黄金の三角地帯(Golden Triangle)
黄金の三角地帯(Golden Triangle)とは、東南アジアのタイ、ミャンマー、ラオスの3国がメコン川で国境を接する山岳地帯である。、アフガニスタン、パキスタン、イラン3国の国境付近の黄金の三日月地帯(Golden Crescent)と並ぶ世界最大の麻薬密造地帯であった。
タイではケシに代わる換金作物として茶やコーヒーの栽培にかなり成功し、観光客も訪れくくらいに治安もよくなっている。ミャンマー・ラオスでは代替作物の価格下落とアヘンの価格上昇が重なり、最近では麻薬製造が再び活発化しているという。
35年前に訪れたときは、Golden Triangle と書かれた板切れの看板があっただけで、雨季には道がぬかるみ辿り着くのも大変だったが、現在では道は舗装され、船着き場を中心に立派な観光地に生まれ変わっている。
タイではケシに代わる換金作物として茶やコーヒーの栽培にかなり成功し、観光客も訪れくくらいに治安もよくなっている。ミャンマー・ラオスでは代替作物の価格下落とアヘンの価格上昇が重なり、最近では麻薬製造が再び活発化しているという。
35年前に訪れたときは、Golden Triangle と書かれた板切れの看板があっただけで、雨季には道がぬかるみ辿り着くのも大変だったが、現在では道は舗装され、船着き場を中心に立派な観光地に生まれ変わっている。
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