2014年3月14日金曜日

Prasat Hin Phimai Historical Park

 イサーンにはクメール遺跡が点在している。その中でもっとも有名な遺跡の一つが Phimai 遺跡だ。1960年代にタイ芸術局により修復がなされ保存状態が非常に良く、タイのアンコールワットとも言われる。遺跡が街の中にあり、見学がしやすいという点も他の遺跡と大きく異なる点だ。

 遺跡公園入り口で入場料を払ってチケットを買い、入場したら右手方向にあるビジターセンターを訪れてみよう。各国語のパンフレットが用意されている。もちろん日本語のパンフレットもあるので、参考にしながら遺跡見学を楽しもう。













 

2014年3月13日木曜日

Phimai へ

 1月13日月(月)ピマーイへ向かう。ピマーイは過去二回訪れてが、車をチャーターしてパノム・ルンやムアン・タムとともに回った。バスで行くのは初めてだ。バスは新バスターミナルの41番乗り場から出る。途中で客を拾っていくので思ったより時間がかかり、1時間半を要した。50B。



ローカルバスと言うには立派な車体だ

ピマーイの時計塔の前で降りると遺跡公園に近い


遺跡公園の位置を確認したら腹ごしらえ

入場料100B(タイ人は20B?タイ語で書いてあるので外国人には分からない)

2014年3月12日水曜日

デモに巻き込まれる!

 1月13日 友人と別れて、この日から一人旅。Phimai に行こうと新バスターミナルに向かい、ミットラパープ通りを渡ろうとしたときに、大規模なデモに巻き込まれた。13日から始まったバンコクシャットダウンに呼応したデモのようだ。

 中央分離帯の上で道路を渡ることもできず、戻ることもできず、10分ほどデモ隊に巻き込まれた間は不安と興奮が入り交じった不思議な感覚に支配された。











 

2014年3月11日火曜日

Do not forget 3.11 !

 3年前の春、3月の下旬にバンコク旅行を予定していた。直前に3.11の未曾有の大災害が起きた。こんな時に旅行をしていいのかと、悩んだ。しかし、全国的にあらゆる行事が自粛ムード一色になってゆくのに違和感を覚えた。自分が旅行を取りやめて家に引き篭もったからといって、福島の原発問題が解決する訳でもないし,被災地が復興する訳でもないことに気づいた。内向きな報道しか流れてこない日本のメディアにも飽き飽きしていたし、外から日本がどう見られているのかを知ることも大事だと思いバンコク行きを決行した。

 韓国や中国のメディアの一部には、「天罰だ」とか「当然の報いだ」とかの表現もあった。人の道に外れた報道姿勢だと憤慨したが、その程度のレベルの国なんだろうと思った。しかしバンコクに着いて最初にあった中国の学生さんに「がんばってくださいね。応援してます。」と言われたのには感激した。中国に対する印象が180度転換した。

 バンコクはというと街中の至る所に、東日本大震災への募金箱が置かれ、チャリティーの行事も行われている。チャリティーTシャツはとぶように売れ、募金箱の中には高額紙幣の500Bや1000B札も少なくない。スマトラ島沖地震の時に、日本ではこれほどの盛り上がりがあっただろうかと考えてしまった。

 とにかく感謝感謝の一週間を過ごし帰国したが、これから長くタイと付き合っていこうと決意していた。あれから3年、いろいろな意味で忘れてはいけない日が来た。









2014年3月10日月曜日

New Night Bazaar Khorat

 旧市街の東端、ポンラーン門の内側に新ナイトバザールがある。規模は元祖ナイトバザールの2倍くらいか?道幅も広いし賑わいもある。Chaophaya Inn からは少し距離がある。

 










2014年3月9日日曜日

Night Bazaar Khorat

 Chaophaya Inn から700m(10分)ほど東に歩いて行くと昔からあるナイトバザールがある。Chomsurang Hotel を目指して行けばたどり着ける。2年前に新年に訪れたときは堀の内側は屋台だらけだったけど,今回(1月11日)はない。昼間に片付けをしていた。正月だけの縁日のようなものだったのだろう。

 ナイトバザールという名前に大きな期待をして行ってはいけない。拍子抜けするほど規模は小さい。衣料品が中心で食べ物屋台もあるがテイクアウトが中心で,その場で食べようと思っていくと食いっぱぐれる恐れがある。









イサーンらしく虫の屋台

日本人としては複雑

2014年3月8日土曜日

Khorat の Lak Muang

 タイの街歩きの起点となる場所は,バスターミナルと時計塔。田舎町に行くとショッピングセンターなどないので,もう一つあげるとすれば Lak Muang (市の柱)だろうか。堀と城壁に囲まれた旧市街が街の中心の都市の場合はいいが、堀の外に新市街が拓け、そちらが現在の街の中心となって栄えているケースでは探すのに苦労する場合もある。

 コラートの Lak Muang は一見中国寺院のような建物に守られているので、知らなければ通り過ぎてしまうだろう。(タオスラナリ像を見た後だから感じるのかも知れないが)訪れる人は意外に少ない。