8月19日からタイへ旅立つ。今年は春に旅行を控えたから,1月19日の帰国以来7ヶ月ぶりの旅立ちとなる。当初の予定では,バンコク到着の翌日20日にミャンマー大使館にビザ申請に行き,22日にパスポートを受け取り,23日にエアアジアでヤンゴンに旅立つ予定でいた。
ミャンマーのビザは日本で申請するより,バンコクの方が簡単で安く早い。エアアジアもプロモーション料金で押さえられたし,計画は完璧のように思われた。しかし,ホテル探しをしていて唖然となる事態に遭遇した。ホテル代が高騰という言葉では言い表せないほどに高くなっていた。4年前泊まった時に一泊25$だったホテルが,ホテル予約サイトで100$になっている。ミャンマーの民主化が進むにつれ,西側諸国が経済制裁を解除し人が押し寄せるようになり,ホテルが足りないという話はちらりとは聞いていたが,ここまでインフレが進んでいようとは思わなかった。
タイの1000Bクラスのホテルに100$も出すのはどうしても納得がいかない。そんなとき,エアアジアからスケジュール変更のメールが届いた。一日3便あったバンコク・ヤンゴン間が2便に減便される。ちょうど我々が乗ろうとしていた便がなくなるというものだった。そこで,他の便に振り替えるか,払い戻しかを選択しろというメールだった。エアアジアはキャンセルできないものとあきらめ,インフレのヤンゴンに嫌々飛び込むしかないかと後ろ向きに考えていたときに,願ってもないスケジュール変更だった。考えるまでもなく払い戻しを選択した。今まで東南アジアのあちこちのお寺にタンブンをしてきた御利益があったのだろう。
という訳で今回の旅のメインのミャンマー行きがなくなってしまった。帰国は9月8日なので20日間の旅であるが,決まっている日程は8月28日にFacebookで知り合ったタイ人とバンコク郊外の釣り堀で夜釣りをするというものだけである。前回までに知り合いになったタイ人にメールをしてみたが,返事が返ってこないので,バンコクに着いてからいろいろ情報を集め,どこへ行くか決めようと思う。
きっちりと計画が決まっている「旅行」ではなく,今回は「旅」を楽しんでこようと思う。
数年前に職場を早期退職したが、二人の息子たちも社会人になり、それぞれ素晴らしい女性と結婚をした。これで父親の役目は一段落というところだ。還暦は過ぎたが、まだまだ気持ちは若く,これからが第二の人生と意気込んでいる。家庭菜園を借りて野菜を作り,気が向けば酒匂川のサイクリングコースで風を切り,秋には毎週ボート釣り。そんな日本での日々を備忘録代わりに綴ってみる。 年に3回の訪タイも年々長期となり,近年はついに延べタイ在日数50日を上回るようになった。Facebook を通じてできたタイの友達と釣りに行ったり,飲みに行ったりという日々を夢見て楽しみにしている。ハンドルネームの「佐羽井 出居」はタイ語の สบายดี サバイディー 【元気です】という意味の言葉より引用した。元気がほしくなったら立ち寄ってみてほしい。
2013年8月14日水曜日
2013年8月13日火曜日
日本語は難しい
外国の人にとって日本語は難しい言語の1つらしい。発音で言えば,タイ人にとっては「サ行」が,中国人にとっては濁音が難しいらしい。ただこれも聞く方が慣れれば問題はほとんどなくなる。
問題なのは文字の方だ。ひらがな,カタカナ,漢字を使い分け,さらに縦書きと横書きがある。これでは数年間日本語を勉強しただけでは,完璧にマスターすることなど不可能に近い。街の中にも首をかしげるような看板やTシャツが氾濫している。
日本にも支店を持つ,有名タイ料理の一つであるタイスキの老舗「コカ」でさえこの有様である。
ましてや・・・誰が教えたのだろうか?
問題なのは文字の方だ。ひらがな,カタカナ,漢字を使い分け,さらに縦書きと横書きがある。これでは数年間日本語を勉強しただけでは,完璧にマスターすることなど不可能に近い。街の中にも首をかしげるような看板やTシャツが氾濫している。
日本にも支店を持つ,有名タイ料理の一つであるタイスキの老舗「コカ」でさえこの有様である。
ましてや・・・誰が教えたのだろうか?
2013年8月12日月曜日
盆踊りシーズン
いつ踊っても櫓を囲んで盆踊りと称して踊れば盆踊りなのだが,お盆の頃に地区持ち回りで日にちをずらして行われる地域に密着した「盆踊り」は風情がある。しょぼいと言えばしょぼいのだが,地域の連携が薄れる中,老若男女が集う数少ない機会かもしれない。
今年も「盆踊り」のシーズンが始まった。
今年も「盆踊り」のシーズンが始まった。
2013年8月11日日曜日
桃が食べたくなって山梨へ
暑い,とにかく暑い,暑い日が続くときには水分だけでなくミネラルや糖分の補給も必要だ。自然と体が欲するのだろうか,桃が食べたくなって山梨まで出かけてきた。東富士五湖道路を通る頃には高度が上がった分だけ涼しくなってきた。御坂トンネルを抜け道路は一直線の下り坂,下るにつれ暑くなる。(盆地はどこでもそうだが)甲府盆地は暑いことで有名だっけ。
笛吹市御坂町といえば桃とブドウで有名。売店がたくさんあるがそのうちの一軒に入る。今年は春の天候不順のせいで桃が高いとのこと。確かに高い。悩んでいると訳あり品があるとのこと。お遣いものには使えないが,少しだけ傷があるが味は同じなので自宅用に奨められる。決まりだ。
結局,白桃1箱11個,黄金桃1箱11個,太陽(プラム)1パック5個を購入。どれもスーパーで売っているのとは,大きさが2回りほど違う。当日の朝獲ったものだということなので,少し硬め → 柔らかめまで日を追って楽しめそうだ。
次来るときのために,名刺はないかと尋ねたら郵便局の「ふるさと小包」のパンフレットをくれた。直接電話で注文すれば,代金は200円安くするとのこと。200円は郵便局の取り分ということなのだろう。
素人の見た目にはほとんど傷はわからない
黄金桃は果肉の色がまるでマンゴーのよう
「ふるさと小包」のパンフレット
笛吹市御坂町といえば桃とブドウで有名。売店がたくさんあるがそのうちの一軒に入る。今年は春の天候不順のせいで桃が高いとのこと。確かに高い。悩んでいると訳あり品があるとのこと。お遣いものには使えないが,少しだけ傷があるが味は同じなので自宅用に奨められる。決まりだ。
結局,白桃1箱11個,黄金桃1箱11個,太陽(プラム)1パック5個を購入。どれもスーパーで売っているのとは,大きさが2回りほど違う。当日の朝獲ったものだということなので,少し硬め → 柔らかめまで日を追って楽しめそうだ。
次来るときのために,名刺はないかと尋ねたら郵便局の「ふるさと小包」のパンフレットをくれた。直接電話で注文すれば,代金は200円安くするとのこと。200円は郵便局の取り分ということなのだろう。
素人の見た目にはほとんど傷はわからない
黄金桃は果肉の色がまるでマンゴーのよう
「ふるさと小包」のパンフレット
2013年8月10日土曜日
平和の願いを託して千羽鶴
7月10日に紹介した二宮駅のガラスの兎像の現在の様子です。
主人公敏子(作者)は昭和20年3月10日の東京大空襲で、母親と二人の妹を亡くします。そのとき父親が経営していたガラス工場で発見したのが,熱のためゆがんでしまったガラスの兎像です。二宮に疎開していた父親と敏子は無事でしたが,終戦を10日後に控えた8月5日,二宮駅で米軍機の機銃掃射にあい父親も亡くします。
8月5日,8月6日,8月9日,お盆,終戦記念日と過去と向き合う日が続きますので,8月になると二宮駅前ローターリーにある「ガラスの兎像」の周りは平和の願いを託した無数の千羽鶴が飾られます。
主人公敏子(作者)は昭和20年3月10日の東京大空襲で、母親と二人の妹を亡くします。そのとき父親が経営していたガラス工場で発見したのが,熱のためゆがんでしまったガラスの兎像です。二宮に疎開していた父親と敏子は無事でしたが,終戦を10日後に控えた8月5日,二宮駅で米軍機の機銃掃射にあい父親も亡くします。
8月5日,8月6日,8月9日,お盆,終戦記念日と過去と向き合う日が続きますので,8月になると二宮駅前ローターリーにある「ガラスの兎像」の周りは平和の願いを託した無数の千羽鶴が飾られます。
2013年8月9日金曜日
夜咲く花 オシロイバナ
オシロイバナは子供の頃遊んだ記憶があるので,昼間に咲く花だと思っている人も多いようだが,夕方に咲き朝にしぼむ夜型の花である。英語名はFour o'clockで日本でも夕化粧と呼ばれることもある。夜間に開き花筒が長いので口吻の長い大型の夜行性鱗翅目でなければ吸蜜は困難なので,日本のオシロイバナでは主にスズメガの仲間が受粉に関わっている。
オシロイバナの名前の由来は,江戸時代にオシロイバナの実をつぶし、その中の澱粉質をおしろい代わりに用いた事が貝原益軒の書にある。また,近年では女の子が白粉(おしろい)に見立てて遊んだ事からオシロイバナの名がついたと言われる。
花言葉は,あなたを思う・臆病・内気・私は恋を疑う など
オシロイバナの名前の由来は,江戸時代にオシロイバナの実をつぶし、その中の澱粉質をおしろい代わりに用いた事が貝原益軒の書にある。また,近年では女の子が白粉(おしろい)に見立てて遊んだ事からオシロイバナの名がついたと言われる。
花言葉は,あなたを思う・臆病・内気・私は恋を疑う など
2013年8月8日木曜日
昨日は立秋 花の日でもあるんだよ!
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